Rusie-dutton&YOGA room Thai massage therapy --Prajna プラジュナ--

呼吸の波に合わせて身体を緩めると たくさんの気づきに出会います

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Neque porro quisquam est qui dolorem ipsum quia dolor sit amet, consectetur, adipisci velit 同様に、悲しみそのものを、それが悲しみであるという理由で愛する者や、それゆえ得ようとする者は、どこにもいない。

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心 揺れ動き また留まる

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あるYOGA冊子を拝読していて。

「それは『個』と対峙する真剣勝負」 峯岸道子

フィットネスエクササイズの草分け的存在で、ヨガの普及にも大変貢献されている峯岸先生のコラム。

峯岸先生が重度脳性麻痺のグループにヨガを通してお会いするお話なのですが、
とても興味深い内容でした。
それと同時に、私の中の揺さぶられるような気持ち、ドキドキする心臓の音。
胸が熱くなる・・そんな時間でした。

どのようにヨガを伝えるか
どのように行ってもらうか

その必死なまでの様子が言葉ひとつひとつに示されています。


ヨガで大切な「呼吸」が
彼らには肺活量の測定みたいな呼吸になってしまうこと
姿勢も保てないし、四肢も動かない
首も肩もどこもかしこも反応しない
彼らの残されている機能をどう引き出すか

ヨガの補助具を用いながら四苦八苦していると
ひとりの青年がはき捨てるように叫んだ「生まれつき動かないんだから動くわけないじゃないか」
明瞭ではない言葉が痛く刺さる

その言葉を目にしたとき、頭がぐらつくほどの衝撃でした。


私は今重度障害を持つ方々が職業訓練をうける施設で
月に1回から2回ボランティアでヨガをお伝えに行っています。
とは言っても名目はそうですが、身体を動かすことに意識を持っていくことに努めていると
言うほうが正しいかもしれません。

私の娘は障害という名のつくものと手を繋いで歩いているのですが、
そういう縁もありお話を頂きました。
ですからこのコラムの中で奮闘する先生のお気持ちはとてもよく分かります。
最初、やはり同じような気持ちがあり、
何かをしなければいけない・・という私本意な状態でお会いしました。
ただ救いなのは
私はまだまだ勉強の身で、手持ちも少ないのもあって
のちにその場に入ってもそれほど萎縮した気持ちを持つことはありませんでした。
彼らのような方々と接したこともありますし、
一緒に生活したこともあり、どちらかというと仲間という言葉で呼んでいたので
何はともあれ仲良くなりたかった。
寄り添い、彼らの生きる力を慈しむ。
私は到底適わない、強いエネルギー。

後に峯岸さんも書いていらっしゃるのですが、
「ヨガの指導ではなく、ただ一人の人間として彼らを一人ひとりに寄り添い、見守り、
そしてほんの少しだけ背中を押してあげたことくらいだ」

先生の中の変化が彼らの頑なな気持ちと身体を少しづつでも解きほぐす、その段階にいくことが大切だと。
それはどの場でも同じことで、
健常な方だから大丈夫なんてことはない。

娘を持って、私を自負するなら
少しばかり柔軟な気持ちを手に入れたと思います。

先生のコラムは私の中でも忘れてはいけない大切な思い。

最後に
「私は彼らがまた逢いたい、といってくれることを密かに期待している。
そして今度逢った時は、もっと脅かしてみたい。
不貞腐れた彼らのいっぺんの表情を笑顔で満たしてみたい」

私もそう。
「逢いたかったよ。」
「今度はいつくるの?」
その言葉を聞く日が来るのを待ちわびているのだ。


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